JOKER ”人生は悲劇だ。クローズアップで撮れば。でもロング・ショットで撮れば喜劇になる。” /チャーリー・チャップリン

前回は映画『ジョーカー』についてネタバレなしで書いた。
その中で、『ジョーカー』のパンフレットに町山智浩が寄稿していた文章の中で、チャップリンが言った
”人生は悲劇だ。クローズアップで撮れば。でもロング・ショットで撮れば喜劇になる。”
という言葉を引用してるということに触れた。
今日はその
”人生は悲劇だ。クローズアップで撮れば。でもロング・ショットで撮れば喜劇になる。”
というチャップリンの言葉について思うところを書きます。

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僕はあまりチャップリンのことは詳しくないので、この言葉をどういう意味で彼が言ったのかは分からない。

僕の解釈はこうだ。

クローズアップ、それは事象が自分のこととして実際に体験している状態。
ロング・ショットは、過去のことであったり、自分自身のことでなく他人に起こっていること。

例えば日常的によくあることだと、自分が何か望まないバカな失敗をした時、とてもつらく惨めな気持ちになる。
しかし、その失敗が過去のことなら笑い飛ばすことも出来るし、他人(関係が遠ければ遠いほど)のことだったらネタとして指を差して笑えるということだ(その手のお笑いネタって結構あるよね)。
エンターテイメントとして消化してしまうということ。

”他人の不幸は蜜の味”
なんていう言葉があるけど、これがまさにそう。

だがもし、自分が直面してる悲劇を喜劇だと思えるとしたら、
それはある種人生を達観しているか、もしくは、いわゆる”普通”とは違う状態に自分自身がなってしまっていると理解しなければならないと思う。
つまり、現実を現実として真直ぐ受け止めることが出来ないということ。

もしくは、
あまりの悲劇だと、まともに受け止めてしまえばひとたまりもない。
なので喜劇として受け止め、笑い飛ばしてしまう。
生きることを止めないためには、そういう風に処理するしかない。
生き続けるための高等技術。
そういうことも、あるかもしれない。

人生ってそんなもの。

だからどうだということではない。
それが人生。
だからきっと深い意味もない。
人生の意味なんてものは必要な人が後付けしていくのだ、人生を生きやすくするために。
『メメント』の主人公が、本来ないはずの意味を真実を捻じ曲げて強引に作り出して生き続けるように。

天候のせいか、うまく文章がまとめられない。。

でも、このままアップします。
あの時こんなこと考えてたな、と後で思い返すのもいいかなと考えて。

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『ジョーカー』のパンフレットには社会学者の宮台真司もレビューを寄稿している。
これがまた読み応えのある内容。
映画観で観て気に入った方はぜひ鑑賞後にパンフレット購入をオススメ致します!

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俺の人生なんて、ほんと笑っちゃうよな

そういう風に思うことがある。

ロング・ショットで観てるんかな?

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