硝子体手術 網膜剥離とうつぶせ入院生活

最初の異変は、
カウンターに小さな虫発見!
と思ったら、違った。
あれ?
という具合だった。

店を閉め家に帰った時、ふと右目の片隅に長い蜘蛛の足のようなものが。
ビックリした僕は、慌ててそれを払いのける。
しかし状況は変わらない。
恐る恐る鏡の前に向かう。
その時の僕は、髪の毛に大きな蜘蛛がいることを想定している。
鏡に映った自分の姿、蜘蛛はいない。
でもその蜘蛛の足のようなものは、僕の右眼の片隅に映っている。

これ飛蚊症!?

疲れてるだけか??
という淡い期待を抱きつつその日は眠りについた。
次の朝、状況は変わっていない。
家を出て明るい陽の光の中に出ると、目の前に無数の黒い点があることに気づく。
これは、おかしい!!

ということで店の近くにある眼科で診てもらう。
検査の結果、網膜に孔が開いているとのこと。
その時はもう夕方だったので、明日すぐ行くようにと、大きな病院への紹介状を書いてもらう。
翌日大きな病院の眼科で再検査。
僕の右眼をレンズ越しに覗き込み、
大きいな~、
とドクター。
そしてその場で、レーザーにて処置をすることに。
孔は大きく、またいくつもあるという。
しかもすでに一部網膜が剥がれかけているらしい。
そこで、レーザーを当て、これ以上剥がれないように施す。
このレーザーが、当たるポイントによってはなかなか痛い。
一度ブレイクを挟んで、トータル10分くらいやって処置は終了。
これで食い止められるかは、様子を見てみないと分からないということで、1週間後に再度受診することとなった。

で1週間後。
「手術した方が、いいんとちゃうかなぁ」
とドクターは言う。
手術となると、結構面倒で、1週間以上は入院しなくてはいけないし、なんと手術後数日間はうつむきで過ごさなくてはならないという。
そんなこと出来るんか??

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というわけで手術を受けることに。
裂孔原性網膜剥離とは、
網膜に穴があいて、眼球内にある液体がこの穴から網膜下に入って、網膜が剥がれる状態。
手術は、硝子体を吸引し切除、硝子体による網膜の牽引を取り除く。
次に、レーザー光凝固などで網膜裂孔を閉鎖した後、眼球にガスを注入し、ガスの膨張と上昇する力を用い、剥がれた網膜をもとあった場所に戻す。
というもの。
手術後うつ伏せの姿勢をとり、頭を下に向けてなくてはいけないのは、このガスの上方に向かう特性を使い網膜を元の位置に戻し、くっつけるためである。
なので、この時しっかりと下向き姿勢が取れていないと、いったん引っ付いた網膜がまた離れ、再手術ということが少なからずあるという。


手術室前の部屋でストレッチャーの乗せられ、そこから寝た状態で手術室まで運ばれるのだが、けっこう揺れるのだこれが。
ジェットコースターとか全くダメな僕は、この数十秒間だけで酔いそうになる。
そして麻酔をして、眼になにかをはめ込み(これで僕の右眼は瞬きも出来ない状態になる)、手術開始。
左眼には何かを被せられていて何も見えない。
ちょっとした緊張状態。
手術をする右眼には光が当てられたのか、眩しすぎるくらいの白い世界。
かなりの切迫感。
瞬きすることも出来ず、圧倒されるような感覚に僕は気分が悪くなる。
脈が一気に上がった感じ。
ちょっとしたプチパニック!
ヤバい!!

あかん、先生無理!!

と今にも言いそうになるが、すぐに少しマシな気分になる。
左腕の点滴からは気持ちをリラックスさせる薬を入れていると言っていたので、それが効いてきたか。
少し落ち着きを取り戻す。
それでも僕の心はまだ緊張状態が続いている。
手術室内には薄っすらと90年代J・POPのヒット曲が流れている。
米米CLUBとかGLAYとかELTとか。
緊張を解きほぐそうと僕はそれらの曲に気持ちを集中させる。
別にそれらの曲が特別好きというわけではないが、あの時は助かった。
もうちょっと音を大きくしてほしいくらいだったが、何故か言えず、必死で耳を凝らす手術中の僕であった。



途中やや強い痛みが続き、
思わず
「痛いっ!」
と口にする。
すると麻酔を追加してくれて、痛みは緩和される。

結局1時間以上を経過してなんとか手術終了。
上手くいったらしい。

手術後2時間はうつ伏せ状態で絶対安静。
眠くなる薬も入っているということで、ほぼ寝た状態で2時間を過ごす。

手術後の食事。

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身体に優しい食事ということで、普通の白ごはんではなくお粥。
でもこれ美味しかった。
7泊8日の入院生活だったが、この病院の食事はどれも美味しかった。
薄味ではあるが、しっかりと味の主張はある。
退院後も、このメニューでも全然OKだ、僕は。
基本的に薄味好きというのもあるだろうけど。


さて、手術後の問題は常に下向き姿勢でいなければいけないということ。
寝る時も、座ってるときも、トイレなどに行くときも。
うつ伏せで寝るとどうしても胸の圧迫感、そして手のしびれからは逃れられない。
僕は1時間が限界だ。
なのですぐに起きてベッドに座り、テーブルにうつ伏せ状態になる。
これはこれで肩が痛くなってくるが、まだマシ。
その体勢で数時間寝るという夜の過ごし方。
たぶん熟睡はしていない。
(基本的には、夜も昼もその体勢で過ごすことが多かった)
部屋は6人部屋(個室にする金はない)。
いびきがうるさい人もいたりして、余計寝れない。
世の中、金である。
ずっと前から知ってることだけど。

4日目から横向きで寝ることが許可される。
これでずいぶん楽になる。
ずっとうつ伏せはしんどい。


同室の人たちは入れ替わりはあるものの、基本的に毎日満室。
そして、そのほとんどの人たちには家族がいるようで、毎日お見舞いの人たちが訪れていた。
ひとり身で、恋人もいない僕は、いつも以上の孤独を感じる。
しかたなくベッドの上でiPhoneから音楽を聴くだけ。
一番よく聴いたのは、こよなく愛するローリング・ストーンズだが、途中から日本語が恋しくなり、サザンとか山下達郎を主に聴いていた。



たまに食堂に行って外の景色を観ながらコーヒー飲むのが唯一の息抜き。

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手術後目薬は3種類を1日4回挿す。
片方の眼しか見えない状態で、上手に挿すのがなかなか難しい。

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しかし、とにかく暇な入院生活。
この目薬を挿すという行為も、ちょっとしたイベント感覚といえば大げさだが、暇つぶしとしてはなかなかの存在だ。
もちろんよく言われるように、入院生活の一番の楽しみは3度の食事の時間。
先述のように、この病院の食事は美味しくかなり満足度が高かった。
あと隔日に入れるお風呂も、かなり快感度が高い。
色んな人に対応するべく、浴室は広く、浴槽も足を伸ばせる。
多くの入院経験者が感じるのと同じように、普通の日常的な行いがいかに幸せなことかを実感する。

手術後の眼の状況は順調だということで、退院の話になる。
僕は、最短でお願いしますと言い、退院の日が決まった。
結局入院したのは7泊。
入院生活が嫌だったというより、共同生活が嫌だったというのが大きいが、退院できた時はとても嬉しかった。
また、ドクターや病院のスタッフの方々、お見舞いに来てくれた友人たちには感謝の言葉しかない。


退院したとはいえ、ガスが眼の中に残っているため、退院当日はまだ右眼の下3分の1は見えていない。
(上向きで眠ることが出来るのは、ガスが全部目の中から抜けきってから)→ 退院後1週間かかった。
また目薬も引き続き1日4回。
種類が一つ変わった。

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退院1週間後、診察に行く。
順調に回復してるとのことだが、まだ走るなど運動は止めてくれということ。
目に痛みがあることを伝えると、縫ってる糸のせいだろうということで、
「抜きますか?」
と言われる。
溶けるので、そのままにしといていいものを使ってるが、抜くことも出来るという。
でも、また眼を触られるのが嫌だった僕は、
「じゃ、このままでいいです」
と答えて、まだ糸は僕の眼の中。

抜糸すればよかった、

と実は後悔している。

やっぱり痛い。
強い痛みじゃないし、全然我慢できる程度なんだが、ゴロゴロするし気になる。
抜いてほしい、と病院に行けばやってくれるんだろうけど、そこまでの痛さや不快感ではない。
こういう、後悔って人生結構ないですか?
大したことではないけど、あの時こうしとけば、みたいな。


ともあれ、飛蚊症は少し残っているが(これは全部もとには戻らないらしい)今では右眼も全部見えるようになり、店の営業も始められるようになりました。
心配してくれた皆様ありがとうございました。
復活です。
何卒よろしくお願い致します。
頑張ります!!

大阪心斎橋でBARやってます。
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