『ゴッドファーザー』 

言わずと知れた名作中の名作『ゴッドファーザー』、そしてその続編『ゴッドファーザー PARTⅡ』。
大好きな映画である。
アルパチーノは僕が最も好きな俳優の一人でもある。
しかし、
しかしだ、僕はこの映画に感情移入があまりできない。
それはつまり共感できないということ。

俳優陣、脚本、構成、編集などなど、それぞれがとても素晴らしいこの映画(ⅠとⅡ)は、
間違いなく、大傑作である!!
そのことを前提としながらも、
いやだからこそイマイチ共感できないこの傑作に、僕は何とも言えないモヤモヤのようなものを感じ続けている。



このシリーズのテーマは家族(ファミリー)である。
家族がイチバン!
(この場合の家族というのは、血のつながりだけを意味するものではない)
それゆえ家族の幸せのためにはならない者は、犠牲にしてもいい。
そんな話である。
極端な見方をした場合だが。
そういうの、僕は好きじゃない。
村社会の頂点を極めようとしている人たちの話が、なぜそんなに面白い!?
とさえ思う時もある。
村社会といっても、組織を拡大するため外との関係をどんどん深めようと、ドンは動くのだが。
そして彼らは、広い社会(世界)の中に自分たちの大きな居場所(村)を獲得する。
村は大きくなり、そして世界はその村を無視できない。

家族というのは大事である。
しかしそれは、とても面倒なものでもある。
家族が助けになることもあれば、妨げになることもある。

今は圧倒的に核家族の時代である。
僕らの世代は若いころ、昔の大家族的なものを否定してきたと思う。
家族偏重な生き方を否定したきたのだ。



『ゴッド・ファーザー』、それは大家族の悲劇を描いた物語。
僕からすれば、
だから言わんこっちゃない!
といったことが起こる話。

大家族時代へのオマージュともいえるのではないか、『ゴッド・ファーザー』は。
大家族時代が懐かしいのだろうか、もしかしてみんな?

ゴッドファーザー.jpg

今も昔も、
少なくとも大家族というものは弊害の方が多いと思っている。
寺内貫太郎一家みたいなの、絶対嫌だ(ある程度の年齢以上の人にしかわからないと思いますが)。
家族というものに郷愁のようなものを感じる気持ちは分かるが。

そんなことを書きながらも僕は、実のところ家族を持ちたいと思っている。
50歳を過ぎて、今さらなのだが。
家族への憧れをもっているのだ。
あまり巨大化したのは嫌だけど。

矛盾する?

アルパチーノ2.jpg

家族とひとことで言っても、人によって描く家族像はきっと違う。
なので、違う家族像を持った人同士で一つの家族を作ろうとすると、上手くいかない。
家族の規模が大きくなり、構成する人が増えたら、もっと事態は難しくなる。

あ~、家族って。。

そんなことを考えているから、僕はずっと独身なんだろう。

アルパチーノ.jpg

『ゴッドファーザー PARTⅢ』が日本で公開されたのは1991年。
リアルタイムで観れる”ゴッドファーザー”である。
当時かなりの期待で劇場に行った。
この作品では、前2作とは違う年老いたマイケル(アル・パチーノ)の悲哀が核となっている。
なので、個人的にはこれまでより共感できる部分の多い作品であった。
しかし前2作と比べると、かなりの物足りなさを感じたのが正直な感想。
そんなシリーズ最終章となるこの作品がこの度、コッポラの手による新たな編集で蘇った。
オープニングやエンディングもオリジナルのものとは異なるとのこと。



これは楽しみである。
作品のタイトルは『ゴッドファーザー 最終章:マイケル・コルレオーネの最期』。
良いタイトル。
期待が膨らむ。


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もちろんブルーレイは予約注文済み。
早く観たい!


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